山間の村で出会う伝統の暮らし スイスVo.3

エンガディンスタイルの重厚な建物。
広場にある小さな泉には花が飾られていた。
木の温もりが感じられるリビング。

エンガディン 伝統を受け継ぐ美しい村

 オーバーエンガディンと呼ばれるエリアには伝統的な暮らしを受け継ぐ小さな村が点在しています。なかでも最も美しいといわれるツォーツ村を訪ねました。現在およそ1200人が暮らす小さな村の歴史は、9世紀まで遡ります。何世紀にもわたり代々の司教によって治められてきた村は地域の政治的中心を担ってきたそうです。

 ポントレジーナから車で20分ほど走り、ツォーツ村に到着したのはまだ日差しが強い午後1時を過ぎた頃。観光客の姿はなく人影もまばらで、村の日常の穏やかな時間が流れていました。
 広場のある村の中心部に車を停めると、目の前には歴史を感じさせる重厚な建物がありました。外壁にさまざまな紋章が横一列に並ぶユニークな建物は16世紀に建てられたホテル。外壁に小さな窓がいくつも取り付けられたエンガディンスタイルの歴史的建造物だそう。

 広場を通り抜けると、趣あるたたずまいの民家が建ち並んでいます。外壁に描かれたロマンシュ語の文字や幾何学模様、動物、植物などの絵は、エンガディン地方に残る伝統的な家の装飾です。その技法は、壁に漆喰を塗り上の層の部分を掻き取りながら模様や文字を描くスグラフィットと呼ばれ、イタリアで発展し16世紀頃ヨーロッパ各地へ伝えられたと言われています。エンガディン地方にもスグラフィットが根づき、現在までその技術が受け継がれてきました。

 伝統的なエンガディンハウスをリノベーションして住んでいる女性がいると聞いて、その家を訪ねました。家の前には小さな泉があり、可愛らしい鉢植えの花が飾られています。各家に水道がなかった時代には、飲み水や洗濯に使う水などすべての生活用水を、毎日、泉から汲んで家に運んでいたそうです。水場は近所の人たちと共同で使う場所。昔から村の大切な社交の場でもありました。その役割は変わりましたが、手入れの行き届いた泉は今でも村の人たちの大切な場所なのだろうと感じました。

 1951年に両親が購入して移り住んだという建物は、典型的なエンガディンの農家の造り。築100年以上ですがしっかりと頑丈です。寝室やリビングなど住居スペースのほかに、台所、チーズなど保存食の貯蔵室、家畜小屋、納屋などを備え、エントランスには馬車が出入りするための大きな扉がついていました。
 リビングに入るとほのかな木の香りに包まれました。天井、壁、床にパイン材が用いられ、造りつけられた折りたたみのテーブルや棚の装飾もエンガディンの伝統的なスタイルだそう。
 小さな窓から差し込む日差しが繊細なレース編みのカーテンを通し、やわらかな光となってリビングに降り注いでいました。小さな窓は寒さ対策、部屋の隅に設置されたヒーターは隣のキッチンのオーブンから熱が伝わる仕組みになっています。アルプス山間の長く厳しい冬を過ごすための知恵が家の中のそこかしこに見られ、現代の暮らしに合わせながら大切に受け継がれていました。

リビングの窓から見える趣ある佇まいの家々。

壁に描かれたロマンシュ語のスグラフィット。

 
Zuoz(ツォーツ村)
グラウビュンデン州
オーバーエンガディン
取材協力:
スイス政府観光局
www.myswitzerland.com/ja/home.html
スイス インターナショナル エアラインズ
www.swiss.com
スイストラベルシステム
www.raileurope.jp

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