民の歌が出会う風景 ラトビア

 ラトビア、リトアニア、エストニア、フィンランド、スウェーデン、ノルウェー、デンマーク、アイスランドが参加する歌と踊りの祭典「NORDIC-BALTIC CHORAL FESTIVAL」は、 それぞれの民族に受け継がれている衣装を身につけた人たちが、自分たちの歌の伝統や踊りを披露する世界で類のないフェスティバルです。 北欧からバルト諸国へ旅した写真家・津田直が2015年の夏にラトビアの首都・リガで出会った歌の風景をお届けします。

 3日間にわたって開催されたフェスティバルの最終日。メインイベントとなるクロージングコンサートのスタートは夕方の5時と聞いていましたが、僕は午前中から会場となるMežaparksに入り、広い敷地をゆっくりと歩くことにしました。
 まだ、観客もメディアの人たちも到着していない会場には、リハーサルをする人たち、祭典で身につける草花の冠を編んでいる人や衣装の支度をする人たちの和やかな姿がありました。彼らと言葉を交わしていると、歌やフェスティバルに寄せる個々の思いは実にまちまちで、昨夜摘んだ草花で冠を編んでいたイングリダさんは、12歳から幾度も参加していて、歌の魅力はひとり、ふたりと声を重ねることでより歌に込められたメッセージが強くなり広がってゆくのよ、と話してくれました。

 夕方になり、祭り前の高揚感と共に会場は徐々に歌い手と観客で賑わいを増してゆきました。 吹き抜ける心地よい風にはためく、北欧とバルト諸国のカラフルな国旗。舞台は、それぞれの民族のアイデンティティーとなる伝統衣装を身につけた約八千人の歌い手たちで彩られています。オーケストラの演奏、ダンスのパフォーマンス、そして、参加国の紹介のあとに合唱が始まりました。北欧やバルトの国々と言えば、彼らの歩みは歴史を振り返っても時として平坦ではなかった時代がありました。しかし、どんな時代の風にも各々が民族としてのアイデンティティーを失うことなく歩み続けることができたのは、人生への想いを歌の中に刻み続けてきたからなのです。

 さまざまなバックグラウンドをもった、さまざまな世代の人たちが歌う、遥か遠い昔から受け継がれてきた民族の歌。歌声は時に小さな波と大きな波となり、集まった人々へ想いを届けました。

 クライマックスを飾った最後の2曲はラトビアの歌でした。曲名は「太陽、雷、ダウガヴァ(河)」と「風よ、吹け」といいます。ラトビアには古くからの自然信仰があり、歌のなかにも自然崇拝の要素が色濃く残っています。

「わたし、この歌が好きです」
 会場を案内してくれていたラトビア人のエディテさんが言いました。

「子どもの頃によく歌っていたんです。ずっと聴いていたから、この歌を聴くといろんなことを思い出します」
 
 ひとりひとりの人生と歴史が深く刻みこまれた歌が民族の垣根を超えて寄り添い、ひとつの音となって空高く遠くへと広がってゆきました。

 会場を後に市内への帰り道、バスの車内では誰かが自然と歌を口ずさみ再び合唱が始まりました。その歌声の余韻に浸りながら人々は各々帰路へと着いたのでした。

~民の歌が出会う風景 ラトビア~